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日々を歩いて vol.1 ~静岡の山に暮らして~

2018.12.01

 

扉を開けると
流れを越えて
むこうのおやまへ渡る橋
森に繋がるいっぽんの道 

むこうのおやま
こちらのおうち 

待っている人がいる
台所の湯気が立つ 

陽が暮れる前に
おうちに還ろう 

 

山の暮らしも冬を迎えた。
季節を越えるため、薪割りはこの時季の毎日の日課だ。
100本、そのうち一本ぐらい、妻が割る。

軒先で丹精込めて育てた野菜は、
家主の不在を知るかのように
旅に出ている間に山の生きものたちの食事になった。

掘り返された痕跡の脇には、
春に植えたローズマリーと
どこから種がやってきたのか
愛らしいあずき色の野の花が咲く。 

庭で採れた梅とカリンは、寝かせて梅干と果実酒に。
シロップ漬は、来客のお茶請けに振る舞おう。 

迎える年の節分の頃、山の台所では
浅締めの〆鯖が仕込まれる。 

_ _ _

「都会にいた頃は、ヨガに通おう、有機食材を選ぼう、添加物は避けようといろいろなことに努めていて、こだわりがありました。ここに暮らすようになって、暮らしの中に全てがあるとわかったら、自身から外れるものがたくさんあって。何かにこだわる必要がなくなったんです。」      

40歳を前に林業の道を歩み始めた夫の寿康さんと、静岡の中部 "オクシズ" と呼ばれる山間地域に暮らすようになって2年余り。今日に至るまでの道のりと過ぎた日々を、富祐子さんは感謝と共に振り返る。

現在は山合いの住まいから静岡市内の自然食店の厨房へ、風を切って元気に通う富祐子さんも、かつて心と体のバランスが取れず、ささやかな日常の営みさえままならない日々があった。

暮らしの環境、時間の概念、歩くペース、自分の在り方。
時を経て出逢いを重ねながら、自身の内と外に観る風景は少しずつ変わっていった。

「自然のリズムと、この土地のおばあちゃんたちが普段していることの中に、自分を満たしてくれるものが充分にありました。今は食べたいものを自由に食べて、今日をよく生き、よく眠ります。自転車を漕いで1時間半、風を切って山と街のあいだを往復することも心地いい時間です。毎朝、清々しい気持ちで一日を始められるのは本当に有難いことですね。」

夫婦は今、林業と料理をなりわいに暮らしている。

「直感で迷いの生じる木に、刃を入れることはありませんね」木こりの寿康さんの言葉は逞しい。

自然はおおきな巡りとリズムの中で絶え間なく反応を繰り返す。計画通りにはなかなかいかない。わたしたちも、経験と勘を頼りに素直に反応し合って関係を築いていくことが出来たなら。思考と情緒、そして何より、心身で確かに体感できる判断こそが、大切な相手と大切な自分を共に守る。

日の出と共に動き出し、今日の精一杯を働いて
日暮れ前に家路につく。

ゆっくり時間をかけて夕食を作り
食後は音楽を聴きながら
お茶を交わしておやつをつまむ。

温まって緩んだ身体は、いつも揃って
うっかり炬燵のうたた寝へ。

二人の本当の心地良さは、陽を浴びた縁側のように暮らしの中から湧いて、目の前の日常を温めている。

(2018.12月)

 


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