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[京都店]梅林秀行さんと、街を歩いて(報告2019.11.10)

催し等のご案内

『京都高低差崖会』を主宰し、NHKの番組『ブラタモリ』では、パーソナリティのタモリさんとどこまでも軽快に京都の街を深く面白く語り歩く、梅林秀行さん。自らの足で土地を歩きながら、目に映る風景と歴史の関係性を紐解き、京都という土地をリアリティのある言葉でタグ付けし直そうと、多方面から取り組んでいらっしゃいます。

この秋(2019年)ザ ナチュラルシューストア京都店は、京都発のフリーマガジン『リトルノ』のご協力により、そんな梅林秀行さんをお招きして街歩きイベントを行いました。

 

古代から現代へ、時代を跨いで歩く街歩き。
文化財はなくても、街の中に見え隠れする歴史の痕跡が面白い。

天候に恵まれた11月の日曜日、『リトルノ』のご愛読者の参加者の皆さんと、麩屋町通りに面するザ ナチュラルシューストア京都店に集合。

この日の為にご準備下さった梅林さんオリジナルの古地図を手に、梅林さんのお話に耳を傾けながら約2時間をかけて、麩屋町通りから新京極・四条通りを巡り歩きました。

八方に目を向けて歩く梅林さんのお話は、お店を出た瞬間から止まることを知りません。目には写っていても、気を留めてその由来までは辿ることのなかった、街の顔。不思議な路地や特徴のある建築物、さり気なく続く斜面に、異様な空気の漂う街の一角‥

古地図と照らし合わせ、お話を聴きながら重なる歴史に想い馳せると、かつてこの地を歩いた人々の息づかいまで立ち上がってくるようです。

 

人の取り組みのすべてが、凹凸と道に刻まれている。

ひしめき合う建物の間に残る小径や、
時には建物の中をも貫く小径は何と何を繋いでいたの?

T字路の出発点には、いったい何があったの?

湾曲した石壁の道。その意味するところは?

街の隙間のようにある三角形の空間は、どんな過程を経て生まれただろう?

自分が歩いている道とそこから見える風景の向こう側には、積み重ねられた時間の中で、数々の天災や人災、無数の人々の取り組みや営みがあったことに気付かされます。

時の流れの中で姿を消したものも多く、長い遍歴を経て風景は大きな変貌を遂げていても、意識を向けて調べてみると、今なお現存する道があり、凹凸があり、面影があり、至るところに過去の痕跡がありました。その上に、今を生きる私たちが乗っているという当然の事実に驚かされます。

「美しい古都市、京都」。
容易く繰り返されるその言葉の向こうには、どんなリアルがあったのか。

意識と想像を巡らせながら街歩きをしてみると、私たちの日々の感覚の幅は今よりずっと広がって、世界の見え方、捉え方もだいぶ変わってきそうです。

「時代を跨いで繰り返される変容にのみ込まれながらも、痕跡は残っているんです。」

平安時代、桓武天皇により築かれた正方形の格子状の平安京は、後に荒廃し田んぼと化した時代があった。時を超え、豊臣秀吉による再興計画の一環として、宅地の有効活用を目的に正方形のブロックを分割する新たな通りが貫かれ、現在の長方形の格子状の街へと改造された。


「ここから見える景色に、かつてこの場を歩いた人の視線が想像できませんか。」

豊臣秀吉により、京都の東側を南北に流れる鴨川沿いに、各地の寺が集められて生まれた「寺町」。寺毎に設けられた「表門」と、表門と本堂を繋ぐ「参道」の痕跡は今も確かに残されている。

古地図からは、城としての役割もあったことが想像される寺跡には、
盛り土をされた痕跡が今も地面の凹凸として見て取れる。

「アーケード街の斜面に、平安時代の鴨川の岸辺が見えるでしょう?」

時代と共に川幅を大きく伸び縮みさせてきた鴨川。かつての河川敷は、アーケード街の中にあっても傾斜として崖跡が残されている。

「"格式" "妖しさ" "俗っぽさ"… 場の佇まいも、文化と共に残っているのを感じますよね。」

鎌倉時代、平安京の外側に一遍上人がもたらした新しい「お寺(境内)」の役割。
権力の介入できない境内において、仏の前でこそ煩悩を曝け出す、安全で守られた快楽の場所として「境内」は庶民の「盛り場」の一役を担う。

明治時代に入って、近代政府は各寺社境内を貫く新たな「新京極通り」を築き、人々は歓楽を嗜みながら寺と寺の境内を渡り歩いた時代があった。

それを引き継ぐように、その後、京極エリアには演劇、芸能、花遊のカルチャーが栄え、松竹をはじめとする大小の映画館や劇場が立ち並ぶ。現存する建物は当初の風格を残しつつ、新しい使い手が新たな「盛り場」の役割を担っている。

こうして数々の変化に飲み込まれながらも、かつて一遍上人が踊念仏を舞いながら広めた庶民の「盛り場」の息づかいが、今もその場所の景色の中に感じられる。

「時代の積み重ねのなかで、誰の土地でもない場が生まれ、そこに盛り場がつくられていくというのは「国境」と同じですね。楽しい街歩きは、こうして時代を超えて世界にまで繋がっていくんですよ。」

「美味しくて、流行りもので、刺激的なものを求めて「盛り場」に群がり行き交う人の姿は、タピオカに列をなす私たちと同じですよね。何百年も前から、私たちは変わっていないんです。」

大人になってからの、歩くこと

街歩きを終え、麩屋町通りに戻ってきた後は、『リトルノ』編集長 森田利浩さんの進行により、梅林秀行さんとナチュラルシューストア代表の種本浩二のトークセッション。「ブラタモリ」の番組制作にまつわる熱い裏話や、魅力ある靴を探して世界各地の街を歩いた種本の思い出、そして、それぞれにとっての「歩くこと」について語って頂きました。

梅林 「僕にとって歩くことは、「寄り道」のようなものですね。車ではそれが難しい。歩きなら、ハタと気づいた時に立ち止まって曲がれるし、簡単に引き返すこともできます。歩いてみると、当たり前と思っていたものの中に新しい気付きが満ちていることが分かります。それは、異なる自分に出会えることでもありますね。」

種本 「仕事柄、人の足元の靴ばかり見て歩くことが多いんです。視点を上げて歩いた今日は新たな発見に満ちていました。時には、地図も見ず赴くままに歩いてみると、予期せぬ出会いに遭遇するのも歩く楽しさの一つです。梅林さんはそもそも、何故そんなにも土地の凹凸に深い関心をもたれたのですか?」

梅林 「平地に相容れないのは、自分の業というか、気質でしょうか。幼いころから "平ら" であることに常に違和感があるんです。自分は、平地ではない生き方、歩き方に成らざるを得ない。種本さんが人の足元の靴を見て歩くように、僕は常に "段差" を見て歩くのでしょう。靴という道具は、各地を歩いて廻る自分の人生にとって欠かせないものです。どんな靴を選ぶかは、年齢に応じてその時の生き方が現れるなと、この歳になって実感しています。」

(2019年11月)

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以下、『京都高低差崖会』HPより(梅林秀行さんの投稿  2019.7.13)

「京都は昔から~」「ずっと変わらぬ~」「平安京以来の~」といったファンタジーあふれる観光言説、もっといえば本質主義的な言葉に対して、いかにリアリティを再び積み上げていくか。

「歴史都市」京都を語る言葉は、じつは案外「非歴史的」あるいは「超歴史的」な中身となってしまいました。地域の生活史を語る言葉が、今の京都だからこそ求められている気がしませんか。


《梅林秀行》
kyotokoteisa.hatenablog.jp/
引きこもりの方々の支援を行うNPO法人『京都暮らし応援ネットワーク』の活動を行う傍ら、『京都高低差崖会』を主宰。NHKテレビ番組「ブラタモリ」「歴史秘話ヒストリア」等へのメディア出演の他、講演活動や各種街歩きイベントのガイド役を担う。

《55才からの大人のフリーマガジン『ritorno(リトルノ)』》
www.ritorno.jp
“ritorno” とは
イタリア語で “戻る” の意味。
「じぶん温故知新」をテーマに、もう一度夢見る大人にとの思いから、人生の忘れ物や答えを地元京都に寄り添う情報を通して、読者と共に見つけてゆく大人のためのフリーマガジン。年4回発行。

 

 

 

 


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